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スクラムの各役割の兼任についてケースごとに考えてみる

2024.08.28

Scrum Inc. 認定資格スクラムマスター研修をお届けしている中で、受講者の方から「スクラムの各役割を兼任してよいでしょうか?」という質問を多くいただきます。

今回は、スクラムの役割の兼任について書いてみたいと思います。

スクラムを実践する上では、スクラムガイドを元に自分自身で考えていく必要がありますが、その中でも「これでいいのだろうか、合っているのだろうか?」と悩みながら実践している人がほとんどかと思います。このブログが、少しでも読まれた方の道標になり自信を持って実践ができるような助けになれたら嬉しいです。

スクラムの役割について

本題に入る前に、まずはスクラムの役割についておさらいしてみましょう。

スクラムにはプロダクトオーナー、スクラムマスター、開発者の3つの役割があります。
この3つの役割はそれぞれ以下のような責任を持っています。

プロダクトオーナー

顧客に届けるプロダクトの価値を最⼤化することに責任を持ちます。プロダクトビジョンを設定してステークホルダーやチームの方向性を揃え、ビジョンに至るプロダクトゴールを定めます。そして、このプロダクトゴールを達成するためにプロダクトバックログを整理し優先順位を付け、チームに示します。

なお、スクラムガイドには「プロダクトオーナーは 1 ⼈の⼈間であり、委員会ではない」という注意書きがあります。例えばプロダクトオーナーが複数人いることで、人によって違う優先順位を示すなど、チームに混乱を生じさせないためのルールです。

スクラムマスター

スクラムチームと組織にスクラムを定着・確立させてチームのゴールを達成させることに責任を持ちます。そして、彼らがスクラムのフレームワークを通じ、自分たちのプロセスを改善できるように支援します。

スクラムマスターは、奉仕(サーバント)型のリーダーシップです。スクラムチームが自律的に考え、行動できるよう、チームメンバーを導きます。また、プロダクトオーナーの仕事内容を理解してコーチしたり、組織へのスクラム定着の支援をする役割も果たしたりします。

その他にも、チームや組織の障害物を見つけ出し、解決するまで追跡・除去を行う責任もあります。

開発者

スプリント内で具体的な作業をし、プロダクトオーナーが定めた”顧客に届けるインクリメント”を作成する役割で、スプリントの主役です。スプリントの計画を作り、日々の状況を確認し、スプリントゴールの達成に向け自分たちで計画を適応させていきます。

プロダクトオーナーは、スクラムチームに対し、何をすべきか(What)とそれはなぜか(Why)をプロダクトバックログなどで示す責任を持っていますが、開発者はそれをどのように実現するか(How)に責任を持っています。

また開発者は、リードタイムを短くしプロセス効率を高め、価値を早く顧客へ届けるためや、プロダクトバックログを高い品質で形にするために、様々なスキルを持つ必要があります。

各役割の兼任について

それでは、本題であるスクラムの役割の兼任について、いくつかのパターンをみてみましょう。

プロダクトオーナーとスクラムマスターの兼任

様々な要因はありますが、この2つの役割を兼任しているという話しをよく聞きます。例えばメンバーが揃えられないなどでメンバーが少ないチームや権限を手放せない、あるいは優秀な人が全てを担当することになっているなどがあります。しかし、プロダクトオーナーとスクラムマスターでは、それぞれの役割が目指す目的が異なるため、この2つの役割の兼任は避けた方がよいです。

避けた方がよい理由

  • それぞれの役割が目指すものに違いがある

    プロダクトオーナーは顧客に多くの価値を届けるために、チームにたくさんのプロダクトバックログアイテムを完成させてほしいと考えています。

    一方でスクラムマスターは、チームが持続可能なペースで結果を出しながら、自分たちのプロセスを改善し成長し続けて欲しいと考えています。
    このように、プロダクトオーナーとスクラムマスターは、それぞれ異なる視点と目的を持っているため、兼任をすると異なる二つの目的が衝突し、多くの場合、スクラムマスターとしてのチームの成長・改善の判断よりも、プロダクトオーナーとしてのプロダクト・成果の判断の方が優先されがちになります。そうすると成果を出すことだけを優先し、成長しないチームになってしまう可能性があります。

    スクラムにおいては、これらの異なる目的を2つの役割に分け、両者が会話による健全な議論をすることにより、バランスが取れた正しい判断を下せるようにしています。

このように、スクラムマスターとプロダクトオーナーの兼任は避け、それぞれに専念できる体制を整えることをおすすめします。

スクラムマスターと開発者の兼任

スクラムマスターを専任とすることでチームの状況に向き合い、無限にある問題に対し優先順位をつけて一つ一つ解決することでチームの成長を最大限加速させることができますので、スクラムマスターの役割を専任とすることを推奨します。

しかしどうしても必要であればスクラムマスターと開発者の兼任をしてもよいと思います。

スクラムマスターが開発者として仕事をすることで、スクラムチームの開発者の仕事を把握することができ、効果的なプロセス改善を考える上での判断材料にできるというメリットもあります。一方で、開発者の仕事を優先してしまい、スクラムチームの改善や成長を止めてしまう、あるいは、障害物が見つかった時に、いつまでもその障害物が取り除かれなくなるなどのデメリットがあることも認識すべきです。

メリット・デメリットを踏まえた上で判断し、この2つの役割を兼任することになった際には、何も考えずに兼任をするのではなく、以下の点に注意をする必要があります。

スクラムマスターと開発者の兼任をする上での注意点

  1. スクラムマスターの責任を正しく理解し、スクラムマスターの仕事を優先する

    スクラムマスターは、イベントのファシリテートのみを行う人であり、スクラムマスターは他にやることがないので、開発者の仕事も併せてできるはずだと誤解をされることがあります。

    しかし、スクラムの役割でも上述した通り、スクラムマスターにはイベントのファシリテートだけではなく、チームプロセスの改善や、チームや組織で発生している障害物を解決するまで追跡・除去する責任もあります。

    筆者自身もスクラムマスターと開発者の兼任を経験したことがありますが、どちらも頑張ろうとすると、やることが多すぎて忙しくなります。そうすると開発者としての仕事も、スクラムマスターとしての仕事もどちらも中途半端になってしまいます。スクラムマスターの仕事が疎かになれば、スクラムチームの改善や成長が進まなくなります。

    あくまでも、重きはスクラムマスターに置き、スクラムの運営が疎かにならないように注意をする必要があります。
  1. どの立場での発言なのか意識をする

    スクラムマスターは客観的にチームの状況を把握することで、チームが抱えている問題は何かを洗い出し、チームへ改善を促していきますが、開発者と兼任をしている場合、個人的な利害を優先してしまう可能性があります。
    スクラムマスターは中立的な立場であることが求められますので、スクラムマスターとして発言する場合は、公平で客観的な意見をする必要があります。

    また、あまり発言を多くしすぎてしまうとチームメンバーはスクラムマスターに頼りきりになってしまい、チームが自己組織化されなくなる可能性もあります。

    このようにならないためにも、スクラムマスターが開発者としての意見を表明する場合には、
    ・一番最後に発言をする
    ・「これは開発者(またはスクラムマスター)としての意見ですが」と一言添える
    などの配慮が必要になります。

プロダクトオーナーと開発者の兼任

スクラムマスターと開発者の兼任と同様に、プロダクトオーナーの役割を専任とすることを推奨しますが、どうしても必要であればプロダクトオーナーと開発者の兼任をしてもよいと思います。

ただ、この場合もいくつか注意が必要です。

プロダクトオーナーと開発者の兼任をする上での注意点

  1. 優先すべきはプロダクトオーナーの仕事

    スクラムマスターと開発者の兼任と同様に、どちらも頑張ろうとするとどちらも中途半端な仕事になってしまいます。

    開発者は優先順位が決められた優先順位の高いバックログアイテムから順に着手し、目の前にある仕事に集中して働いていきます。しかし、プロダクトオーナーは目の前の仕事ではなく、先を見据えてプロダクトゴールを達成するためには、何をするべきかを考えていく必要があります。
    開発者として目の前にある仕事ばかり行っていると、本来プロダクトオーナーが行うべき計画や優先順位付けが疎かになり、チームが方向性を見失うことになりかねません。

    開発者との兼任はプロダクトオーナーの責任が果たせる範囲に留める必要があります。
  1. どの立場での発言なのか意識をする

    プロダクトオーナーは、何をすべきか、それはなぜなのか、というWhatとWhyをチームに示し、開発者はそれをどのように実現するかというHowに責任を持つという役割分担により、スクラムチームは自律性を高めています。

    プロダクトオーナーと開発者を兼任している場合、プロダクトオーナーは時には開発者として、Howの部分について言及することもあるでしょう。

    プロダクトオーナーは意思決定の権限があるため、このような時に他の開発者は、その発言がプロダクトオーナーから指示されたように感じてしまい、暗黙のうちにそれに従い、健全な議論ができなくなってしまう可能性があります。これは他の開発者が考えることをやめ、結果としてチームの自律性を損なうことに繋がりかねません。

    このようにならないためにも、プロダクトオーナーが開発者としての意見を表明する場合には、スクラムマスター同様の配慮が必要になります。

スクラムマスターと開発者、あるいはプロダクトオーナーと開発者の兼任については、スクラムガイドの”デイリースクラム”の部分で以下の通り、兼任しても良い旨が述べられています。

プロダクトオーナーまたはスクラムマスターがスプリントバックログのアイテムに積極的に取り組んでいる場合は、開発者として参加する。

しかし、上記で一部述べた以外にも兼任におけるメリット・デメリットは存在します。

以下の点についても合わせて考慮した上で、兼任すべきか、しないべきかを検討してください。

スクラムの役割を兼任することのメリット

  1. 役割間の相互理解

    異なる役割の視点を得られることができ、チームメンバー間での理解が深まります。これにより、チームの協力体制を強めることができます。
  2. 現場の感覚に基づいた改善が行われる

    これはスクラムマスターとしてのプロセス改善、プロダクトオーナーとしてのプロダクト改善の両方に言えることですが、開発者としてチームの仕事を実際に経験することで、チームにとって現実的で効果的な改善が行われやすくなります。

スクラムの役割を兼任することのデメリット

  1. 集中できないことでの無駄の発生

    それぞれの役割には大きな責任が伴い、多くの時間とエネルギーが必要です。
    兼任をすることにより、一つの役割に十分な時間を割けず、またコンテキストスイッチが多く発生することにより、どちらの役割も中途半端になるリスクがあります。
  2. ストレスと負担の増加

    役割の兼任は、個人にとって大きなストレスと負担を伴います。長期的には、バランスを取ることが難しくなり、燃え尽き症候群のリスクが高まります。

スクラム実践において、役割を理解することはとても大事

ここまで、スクラムの役割の兼任について、避けるべきことや注意すべきことをお伝えしてきましたが、チームの練度や取り組んでいる仕事の内容など状況によっては、事情が変わります。

役割の兼任に限らず、スクラムを効果的に実践するためには、各役割がどのような責任を持っていて、何をすべきなのかをしっかりと理解することが大切です。役割の相互理解を深め、尊重しあい、助け合うことで、より良いスクラムチームに成長していきます。

執筆:梅澤 友紀