バーンアウトからバランスへ -Twice the Energy with Half the Stress:ストレスを半分に、エネルギーを2倍に
2024.12.04
2024.11.14
ジェフ博士の最新書籍、”First Principles in Scrum”がUS amazonで出版されました。この出版を記念して、ジェフ博士と各チャプターをDeep diveするWebinar seriesが始まりました。
第1回は、書籍の導入として各章の内容に触れ、特に重要なキーワードを取り上げ、そのインスピレーションについて語るものでした。その中でも、ジェフ・ササーランド博士は多くの時間を割いて「アジャイルテクノロジースタック」のレイヤー1:物理層、レイヤー2:生物学層、レイヤー3:神経学層について語りました。今回はここで話された内容についてお届けします。
スクラムは物理学、生物学、神経科学、そしてAIといった多様な分野に対応する構造となっており、このモデルをOSI7階層の様な「アジャイルテクノロジースタック」として定義しました。
アジャイルテクノロジースタックは、物理層(レイヤー1)からAI層(レイヤー8)までの8つの階層から構成され、各レイヤーが互いに補完し合いながら、課題に対する様々な解決策を提供します。各レイヤーには、不確実性の管理、持続可能な働き方、迅速な学習と適応、自己組織化、チーム間の調和、価値の共有、効率の最大化といった複数の原則が含まれています。スクラムチームが効果的に機能するためには、これらの原理を理解し、応用することが重要です。ここでは低いレイヤーの基礎的な原則についてお話しします。
物理学とプロジェクトマネジメントは一見無関係に思えるかもしれませんが、この世界を成立させている法則は例外なく様々な所に影響を与えています。
スティーブン・ウルフラムが提唱した「計算の還元不可能性 (Computational Irreducibility)」の原理は、システムの将来の状態を予測するためには逐次的な手順を経る必要があり、一足飛びに将来を完全に予測する方法は存在しないというものです。
従来のウォーターフォール型開発では、プロジェクト開始時に詳細な計画を立て、その計画に沿って開発を進めることが一般的でした。しかし、現実のプロジェクトは常に変化し、予測不可能な事態が発生します。 顧客のニーズが変わる、新しい技術が登場する、予期せぬ問題が発生するなど、計画通りに進まないことは日常茶飯事です。
ウォーターフォール型開発とは、計算の還元不可能性に逆らって将来を予測するやり方であり、予測不可能な世界で詳細な計画に固執することは、プロジェクトを失敗に導く可能性を自ら高めていると言えます。
スクラムは、この計算の還元不可逆性という現実を受け入れています。完全な予測をする代わりに、短い期間(スプリント)で開発を繰り返し、その都度、計画を検査し、必要に応じて適応させることを重視しています。 これにより、変化に柔軟に対応し、顧客に価値を届け続けることができるのです。
量子力学では、エネルギーは周波数と関連しています。 スクラムにおいて周波数とは、スプリントの長さや反復のペースであり、これはスクラムチームの活動リズムに相当します。
適切な周波数は、チームのエネルギーに大きく影響します。 周波数が高く、ペースが速すぎると、チームは時間に追われ、ストレスを感じ、燃え尽きてしまいます。 反対に、周波数が低く、ペースが遅すぎると、チームは停滞し、進捗が遅れ、モチベーションが低下します。
最適な周波数は、スクラムチームの規模、経験、プロダクトの複雑さによって異なります。 スクラムマスターは、チームと協力して、実験と対話を通じて、最適な周波数を見つけることが求められます。
進化論の原則、特に適者生存の考え方は、スクラムに直接影響を与えています。スクラムは、チームが短いサイクルで反復的に開発し、フィードバックを収集し、それに基づいて製品を改善すると共に、スクラムチーム自体も改善していきます。このプロセスは、生物が環境に適応し、経験を元に進化していくプロセスと類似しています。
断続平衡という進化生物学の理論は、スクラムの重要な原則である経験的プロセス制御と密接に関係しています。断続平衡とは、生物の進化は、急激に変化する期間とほとんど変化しない静止期間を持ち、”徐々に”進化するのでなく、“区切りごとに突発的に”進化していくという考え方です。
スクラムでは、スプリントの途中は安定していますが、スプリントの開始時点(スプリントプランニング)と終了時点(スプリントレビュー、スプリントレトロスペクティブ)の短い期間には変化が集中します。この安定と変化のサイクルによって、スクラムチームに進化を促しています。
生物は、進化を通じて環境に適応してきました。 スクラムもまた、継続的な改善を重視することで、変化への対応力を高めています。
特に、スプリントの最後に実施されるレトロスペクティブは、スクラムチームが自身の働き方を振り返り、改善点を見つけるための重要な機会です。スクラムチームは過去の経験から学び、常に新たな変化に適応していくことで、より効率的かつ効果的な組織へと進化していくのです。
神経科学の知見は、チームのモチベーションとパフォーマンスを向上させるためのアイデアを提供します。
神経科学者カール・フリストンによると、脳は未来予測マシンとして機能しており、常に驚きや不確実性を最小限に抑えようとしています。つまり、予期せぬ出来事や驚きによって脳は無駄なエネルギーを使い、効率が低下するということです。
予測と現実のギャップはベイジアンサプライズ(Bayesian suprise)と呼ばれ、ストレスやフラストレーションの原因となります。スクラムチームにベイジアンサプライズが発生すると、再計画と再作業によって、スプリント遅延に繋がり、モチベーションの低下、燃え尽き症候群に陥るリスクが高まります。
リスクを下げるためには「速いチームは、より加速する」のスクラムパターンが有効です。 このパターンではスプリントを早期に完了するチームほど、加速的に成長することが示されています。これにより、予期せぬ課題に対処するための時間と改善に割ける余裕が生まれることで、予測可能性の高い計画を立てる事ができ、次の反復ではベイジアンサプライズを減らし、スクラムチームの生産性を高めることができます。
ミラーニューロン、ドーパミン報酬系、迷走神経という神経科学的概念が、スクラムチームのチームワーク促進に関連しています。
ミラーニューロンは、他人の行動を観察した際に、あたかも自分がその行動を行っているかのように活性化する脳細胞です。 チームメンバーが互いに協力し、共通の目標に向かって努力する姿を常に見ることで、ミラーニューロンが活性化し、共感や一体感を高める効果があります。
ドーパミン報酬系は、目標達成や進捗によって活性化され、モチベーションと学習を促進します。スクラムの頻繁な目標達成とフィードバックのループは、ドーパミン報酬系を刺激します。スクラムマスターは、チームがドーパミンを分泌するような状況を作り出すことで、チームのモチベーションを維持し、パフォーマンスを向上させることができます。
副交感神経系の主要な構成要素である迷走神経は、人間の社会的なつながりや共感、リラックスなどの感情にも関わっています。 スクラムチームにおける積極的なコミュニケーションや協力体制は、迷走神経を活性化し、チームメンバーのストレス軽減や幸福感向上に繋がると考えられています。
これらの例からも判るように、スクラムチームは様々な要素が影響しあう複雑なシステムです。 スクラムチームは生物的であり、チームメンバーはそれぞれ異なるスキルや経験を持ち、自律しつつも、毎日顔を合わせ、情報共有を行い、互いに協力しながら、共通の目標に向かって進む1つの個体であると言えます。
若い頃に触っていたPDP7という古いコンピューターにはブートストラップという機能がありました。ブートストラップによって、シンプルなプログラムから様々なプロセスが呼び出され、複雑なシステムを起動させることができました。つまり、ブートストラップのように、アジャイルテクノロジースタックの各レイヤーに含まれる小さな原則を取り入れることは、シンプルさによって複雑をコントロールすることに繋がります。
スクラムは、単なる開発手法ではありません。それは、物理法則、生物学的進化、人間の脳の働きといった根源的な原理に基づいた、より自然で効果的な働き方なのです。
当Webinarの録音と “First Principles in Scrum” Chapter1のPDFが ScrumlabのBonus contentから入手可能です。ご興味ある方はぜひアクセスしてみてください。
このWebinarは今後も不定期開催されます。当ブログでは引き続きサマリーをお届けしていきます。
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