アジリティとAIの共進化 - スクラムが紡ぐ組織の未来
2024.12.11
2024.12.09
スクラムマスターとして、チームメンバーのモチベーションをどのように高めれば良いのか?
これは、セミナーや現場でトレーナーやコーチをしていると、よく頂く質問です。
正直なところ、こうやればよい、という必勝法があるわけではないですが、チームのために日々奮闘されているスクラムマスターの皆様へのヒントになればと思い、このブログで取り上げてみたいと思います。
そもそも、モチベーション(motivation)という言葉は、「やる気」「意欲」「動機」などの意味を指し、主に「行動を起こす契機となる刺激や意欲」といったニュアンスで用いられています。
モチベーションに関する研究は、古くから多くの研究者により行われてきましたが、その中でも最も有名なものは、アメリカの心理学者であるマズローの自己実現理論(欲求5段階説)でしょう。
マズローは、この理論の中で、人間のモチベーションの源泉となる欲求を以下の5段階に分け、下層の欲求が満たされていくごとに、それより上位の欲求が発現すると述べています。
自己実現の欲求 (Self-actualization)
承認(尊重)の欲求 (Esteem)
社会的欲求と愛の欲求 (Social needs / Love and belonging)
安全の欲求 (Safety needs)
生理的欲求 (Physiological needs)
生理的欲求や安全の欲求は、戦争や飢餓の状態でないかぎりは、現代社会では大抵満たされます。
ですので、大切なのは、それよりも上の欲求になります。
「社会的欲求」は、ひと言で言うと、「自分が社会に必要とされている、果たせる社会的役割がある」という感覚で、もう一つ上の「承認(尊重)の欲求」は、自分が集団から価値ある存在と認められることを求める欲求です。
マズローは、この「尊重」のレベルには二つあり、低いレベルの方は、他者からの尊敬、地位への渇望、名声、利権、注目などを得ることによって満たすことができる一方、高いレベルの方は、自己尊重感、技術や能力の習得、自己信頼感、自立性などを得ることで満たされると言っています。
そして、最上位の自己実現の欲求は、自分の持つ能力や可能性を最大限発揮し、具現化して自己を実現したい、というものです。
もう少し噛み砕くと、「全ての行動を通じて、自分が自分らしくあり続ける」とでも言いましょうか。
最終的には、自らが行う行動やその動機づけが、全てこの欲求に帰結します。
ここまで来ると、もはや悟りの境地かもしれません。
なお、現在では、このマズローの考え方に対して多くの反証がなされ、すべての人が、あらゆる場面において、同一の欲求階層を持つとは限らず、性差や人種差により異なるパターンが現れることが知られています。
このため、現在の行動科学では専門家がマズロー説を取り扱うことはほぼ皆無となっているそうです。
しかし、この説がモチベーションに関する多くの議論・研究の端緒となったのは紛れもない事実で、実際にポジティブ心理学などに大きな影響を与えています。
もう一つ、モチベーションに関するトレンドといえば、2011年にダニエル=ピンクによって提唱された「モチベーション3.0」でしょう。
ダニエル=ピンクは、かつてのアメリカ副大統領であるアル=ゴアのスピーチライターで、彼自身は研究者ではないのですが、いくつものモチベーションの研究や著書を調べ、得た知見を「DRIVE(邦題:モチベーション3.0)」という本にまとめています。
まず最初に、ピンクはモチベーションを3つの階層に分類しています。
この分類は、マズローの自己実現理論と非常に似ていますが、これをよりわかりやすく表現したものと言えます。
空腹を満たす、睡眠や生殖行動などの、本能に基づくもの。
信賞必罰の考え方、アメとムチ、報酬や給与、罰則などによる動機づけ。
「内なる動機」に当たるもの、自律性、熟達、目的を重視する考え方。
そして、彼は、モチベーション2.0は現代社会で遭遇することの多くなった複雑で高度な問題を解決するのには適しておらず、むしろ害悪が多いので、より永続的に効果を発揮するモチベーション3.0に移行すべきだ、と主張しています。
このあたりの考え方は、低い方の承認(尊重)の欲求に留まり続けるのは危険である、との警句を発したマズローに通じるものがあります。
そして、ピンクは、モチベーション3.0を構成する主要な要素は、自律性、熟達、目的という内的動機づけである、と述べています。
・人から言われて行動するのではなく、自ら自律的に考え行動すること。
・長い期間をかけて、自分がやれることが増えたり、より短い時間で仕事をこなせるように熟達すること。
・世の中のためになるような大きな目標の一部を自分が担えている、という思い。
が、人々をより強く動機づけするのだ、という考え方です。
実は、この3つのモチベーションを満たす仕組みは、すでにスクラムに組み込まれています。
プロダクトオーナーは、Whatを示し、チームにHowを委ねることで、開発者たちの独創性を引き出します。
また、スクラムマスターにより、チームの熟達度はベロシティという指標で可視化されますし、プロダクトオーナーにより示され、顧客やステークホルダーとも共有されたビジョンは、チームに目的意識を強く意識づけさせます。
そういった意味で、スクラムはモチベーション3.0を駆動させる仕組みを持っていると言えます。
では、スクラムマスターとして、チームメンバーのモチベーションを高めるためにはどうすれば良いのでしょうか?
私がおすすめするのは、まずはメンバーのモチベーションの源泉を聞いてみるところから始めることです。
チームのメンバーが集まって雑談しているような場で、チームメンバーにそれとなく「仕事で、どんなことにモチベーションを感じるか?」と聞いてみてください。
答えは人それぞれだと思いますが、大抵の場合、
・人の役に立てたとき
・頼ってもらえたとき
・人から賞賛されたとき
・物事を成し遂げたとき
・自分の力を発揮できたと感じたとき
のような意見が出るのではないかと思います。
もしかしたら、「家族を養うためさ」と悪びれずに語る人もいるかもしれません。
このようにメンバーが正直に自分のモチベーションの源泉を素直に語ってくれるのなら、しめたものです。
スクラムマスターのあなたは、チームの他のメンバーと共に、このモチベーションの源泉を提供し、維持していくようにしてみてください。
人の役に立つことにモチベーションを感じる人には、何か助けてもらった時には、感謝の気持ちを伝えると良いと思いますし、賞賛されることにモチベーションを感じる人には、その人が仕事を成し遂げた時にチームで賞賛する場を設けると良いと思います。
これらのアクションは、レトロスペクティブを通じて、チームのプロセスやワーキングアグリーメントなどに反映させるとより効果をあげることができます。
また、メンバーが教えてくれたモチベーションが、ピンクが言う、どのモチベーションなのかについても気にすると良いと思います。
一見すると前向きに聞こえる「地位や名誉を得るため」「より多くの収入を得るため」のようなモチベーションは、いわゆるモチベーション2.0に属するもので、その内実は、いくら突き詰めて満たしたとしても永遠に満たしきれない、際限のない欲求としてその人を苦しめることがあります。
こうした欲求は、多くの場合、地位や名誉、収入の絶対値ではなく、周囲と比較した相対値や不平等感などから発生します。
スクラムマスターがこういったチームや組織にある不平等感を少しづつでも取り除き、緩和することができれば、そして、スクラムでの仕事を通じて、チームで共に働き協力しながら、大きな目標に向かい、少しずつ自分のスキルを高めつつ、自律的に仕事をしていくことができれば(「モチベーション3.0」を提供できれば)、チームはよりモチベーションを高く維持しながら仕事に取り組めることができるでしょう。
一筋縄ではいかないかもしれませんが、試してみる価値はあると思います。
執筆:木代 圭
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