データを中心に価値を創造する組織への変革 - ウェビナー開催レポート
2025.04.01
2025.04.01
2025年3月18日、Scrum Inc. Japanは「データを中心に価値を創造する組織への変革」をテーマにしたウェビナーを株式会社グロービスとの共催で開催しました。近年、AI技術の急速な発展とデータ活用の重要性の高まりに伴い、企業はビジネスのあり方、組織構造、そして価値創造の方法を大きく変革する必要に迫られています。
登壇者のScrum Inc. Japanの内山遼子、三菱電機の細谷泰夫氏、グロービスの池田章人氏から、AI時代の組織戦略、データドリブンな価値創造、そしてそれらを実現するための組織変革について洞察を共有しました。当ブログでは、これらの講演内容とパネルディスカッションの内容を基に、AI時代における組織変革の重要なポイントをまとめます。
AI時代以前の価値は、主に人による判断や熟練された仕事を通じて創出されてきました。この時代においては、個人のスキルや経験を組織のノウハウとして蓄積し、バリューチェーンの各プロセスを磨き込むことが重要でした。また、デジタル化の目的も、バリューチェーンの各プロセスの効率化に重点が置かれ、データは各プロセス内で閉じたまま活用される傾向にありました。
しかし、AI時代においては、大量で質の高いデータをAIが学習し、その解析結果に基づいて新たな付加価値を創造することが価値の源泉となります。そのためには、バリューチェーン全体、複数の事業部門、さらにはパートナー企業やグループ会社までを横断したデータネットワークの拡張が不可欠です。
このデータ活用においては、学習効果のループを回すことが重要です。より良いサービスを迅速にリリースすることで利用が増え、利用が増えることでデータが蓄積され、そのデータによってアルゴリズムが改善され、さらに良いサービスが生まれます。この一連のサイクルを確立することが、指数関数的な成長に繋がります。このサイクルを機能させるためには、現場の自律性が全ての起点となります。
また、社外パートナーとの連携も重要です。自社が提供する価値に対して、補完的な価値を提供するパートナーと連携することで、顧客の利用頻度や利用時間を増やし、競争優位性を確立することができます。
このような変化に伴い、組織構造も機能別階層型組織から、よりフラットでネットワーク型の組織へと移行していく必要性が高まります。その際に有効なフレームワークとして、Scrum@Scaleのコンセプトを紹介しました。これは、AmazonやMicrosoftといったアジャイル企業の実践を基にJeff Sutherland博士がモデル化したものであり、戦略と実行の整合性を保ちながら、チームの自律性を高めることを目指すものです。
Scrum@Scaleにおいては、各レイヤーに最終意思決定者を配置し、それぞれのレベルで自律的に動ける状態を作ります。同時に、バックログを通じて組織全体とチームの戦略を創発的に統合します。バックログという、顧客にどのような価値を提供するかという価値ベースで優先順位付けされたリストを用いることで、経営レベルから現場レベルまで共有し、議論できるようにするのです。
より顧客価値の高い機能にフォーカスするためには、リリース前に価値のある機能とない機能を見分ける仕組みが必要です。Scrum@Scaleでは、機能横断のメンバーで構成される優先順位議論フォーラムを定期開催することを推奨しています。
最後に、組織のビジネスアジリティを高めるための第一歩としてScrum Inc.が提供している、現状の強みと課題を把握するビジネスアジリティのアセスメント(Agile Health Survey)の活用が提案されました。
三菱電機が目指す循環型デジタルエンジニアリング企業への変革と、その基盤となるデジタル基盤「Serendie(セレンディ)」について説明しました。三菱電機は、多様な事業領域で得られるデータを横断的に分析し、顧客の潜在的な課題を発見し、ソリューションとして提供することで、新たなデータを構築していくという循環型の戦略を推進しています。
世界的なデジタル競争の現状を踏まえ、日本のデジタル競争力強化の必要性を強調し、ソフトウェア開発においても、モノリシックなシステムから、小さなチームが機敏にサービスを開発し連携するマイクロサービスへと移行する潮流となっています。
このような背景の下、「Serendie」は、技術基盤だけでなく、共創基盤、人材基盤、プロジェクト推進基盤の4つの基盤で構成されています。特に、顧客やパートナーとの共創を促進する「Serendie Street Yokohama」のような共創空間を設け、顧客の課題を直接聞き出し、共にアイデアを創出する活動を推進しています。
プロジェクト推進においては、デザイン思考を取り入れたダブルダイヤモンドモデルを活用し、顧客インサイトに基づいた価値提供と、アジャイル開発による迅速な実装、仮説検証を繰り返しています。
組織変革においては、長年の製造業としての最適化された組織文化からの脱却と、ソリューションプロバイダーとしての最適化への移行が課題となります。そのヒントとして、階層型組織とネットワーク型組織を併用するデュアルオペレーティングシステムの概念を紹介し、Scrum Inc. Japanの協力を得ながら、Scrum@Scaleの導入を試行している状況を共有しました。
品質保証においては、従来の部門主導の品質管理から、チームに権限を委譲し、プロダクトオーナーが出荷判断を行うアジャイルな品質ガバナンスを確立するために、品質技術者(QE)という新たな役割を導入し、計画段階からの品質戦略の合意、事前判定の実施といった取り組みを行っています。
環境変化に対応し、ハードとソフトを融合させた顧客ニーズへの迅速な対応が求められる中で、ビジネスモデルとオペレーティングモデルをスピーディーに変化させていく必要性を強調しました。
その上で、既存事業を深掘りする組織能力と、新しい事業機会を探索する組織能力の二つを併存させる「両利きの経営」の重要性を指摘しました。
組織能力を定義するコングルエンスモデルを紹介し、経営のリーダーシップ、戦略目標、KSF(成功の鍵)、人材、公式の組織、組織カルチャーの6つの要素を整合させることが重要であると述べました。探索事業においては、ビジョンの発信、プロセス目標やバックログの設定、ハンティングゾーンの明確化、テーマの拡大と絞り込み、リソースの提供、スタートアップモデルへの理解、アジャイルマインドとアントレプレナーシップの強化などが重要な組織能力となります。
事業開発においては、正解のない世界であることを前提に、コンセプトの検証、MVP(実用最小限の製品)の開発、ビジネスの確立というステップで、小さく生んで大きく育てるというアプローチが重要です。また、既存事業のパラダイム(KGI・KPI・KSFの徹底)から、探索事業のパラダイム(顧客発見、ニーズに基づくコンセプト・MVP開発、ピボット)への転換が必要であり、デザイン思考はその中核となる概念です。
組織構造においては、最初は出島(小規模なチーム)で実施し、中間組織を経て、最終的に大組織に統合していくといった段階的なアプローチが望ましいとしました。探索側のカルチャーを強化するためには、進化事業のカルチャーと並列に探索事業のカルチャーを育み、アントレプレナーシップを持つ人材を育成し、ローテーションを通じて両方の経験を積ませることが重要であると述べました。
AI時代における組織変革は、データ中心の価値創造への転換、アジャイルな組織運営の導入、そして両利きの経営でいう探索と深化を両立する組織能力の獲得が鍵となります。Scrum@Scaleのようなフレームワークを活用し、チームの自律性を高めながら、組織全体の戦略を整合させていくこと、そして「Serendie」やグロービスの事例のように、共創を促進する環境づくり、人材育成、リーダーシップの変革を推進していくことが、これからの企業成長にとって不可欠と言えるでしょう。
Scrum@Scaleによる両利きの経営の実践についてのホワイトペーパーはこちら