By Keisuke Wada and Asuka Kanai

LIXILのデジタル部門はなぜ、1年半で組織をアジャイルに変えられたのか

承認プロセスが多すぎて、プロジェクトが前進しない、トップダウンに仕事が進み、顧客との距離が離れてしまうーー。俗に「大企業病」とも言われるこんな組織の症状に、悩まされる企業は少なくないのでは。

そんな状況を打破し、社員の主体性あふれる組織を実現しようと奮闘するのが、住宅設備機器・建材メーカーのLIXILだ。LIXILのデジタル部門では2019年から、部門や企業規模でアジャイルな働き方を実現するためのフレームワーク、Scrum@Scaleを導入。約500人規模で現在も運用を続け、さらなる拡大を志向している。

なぜ、大規模な組織変革に踏み切ることができたのか。アジャイルな働き方を、どのように組織内に浸透させたのか。LIXIL デジタル部門の村木剛氏の講演内容から紐解く。

LIXIL デジタル部門 戦略推進部 所属 Scrumコーチ
Scrum Inc. 認定トレーナー

村木 剛 氏

2019/7 Scrumの導入企画〜現在に至る
2019/12にデジタル部門のScrumのパイロット開始~2021/7末まで、デジタル部門の約480名をScrumへ変革。マーケティング部門のコーチの立ち上げを支援など他本部への拡大も実施中

「LIXIL Behaviors」を体現するには

組織の規模が大きくなるほど、社員一人ひとりが主体的に意思決定したり、顧客の声をプロダクトに反映させたりするのは難しくなる。そんな課題にぶつかっていた企業の一つが、社員数が約5万6千人(2021年3月時点)にも上る、LIXILだ。

組織を変えるには、これさえやればいいというマニュアルがあるわけではない。LIXILは、どのように組織変革を進めていったのだろうか。

まずLIXILが行ったのは、デジタル部門リーダーにスタートアップ出身者を迎え入れること。従来の経営手法を問い直し、新しい発想を取り込んでいくのが狙いだ。

新たなデジタル部門リーダーを含む経営陣が、まず取り組むべきだと考えたのが、行動指針の策定だ。行動指針は、企業のミッションやビジョンの実現に向けて、社員が日々どのように行動すべきかを示すもの。LIXIL誕生前の組織の文化や地域に関係なく、目的志向と起業家精神にあふれる、より柔軟に考え行動できる会社になるために「LIXIL Behaviors」が策定された。

だが行動指針を整えたところで、絵に描いた餅で終わってしまうケースも少なくない。どうしたらこの「LIXIL Behaviors」を体現できるのか。

そこでたどり着いた一つの答えが、デジタル部門リーダーがスタートアップで経験した「アジャイルな働き方」の導入だった。

アジャイルは、現場の顧客を知るチームが自律的に行動し、顧客にとってより価値あるアウトプットを出す働き方。優秀なマネージャーが全てを管理、監督する従来のやり方とは大きく異なるこのアジャイルを、デジタル部門リーダーは自らの部門でも広めたいと考えたのだ。

その中でも、アジャイルを実現するフレームワークである「スクラム」が理想とする働き方と、「LIXIL Behaviors」の親和性が高いことに着目。組織に広く導入する手法として、スクラムおよびScrum@Scaleを、まずはデジタル部門に導入することを決めたのだ。2019年12月のことだった。

紙飛行機を作るワークショップ?

ここからは、スクラムをどのように導入していったのか、その過程を見ていこう。

まず経営陣が実施を決めたのは、デジタル部門の上層部に向けた、リーダー向けワークショップだ。これは、スクラムの導入支援を行うScrum Inc.が実施するワークショップ。スクラムの働き方を体感して理解を深めるため、「アジャイルな手法を用いて、3メートル以上飛ぶ紙飛行機をチームで作る」などのエクササイズが行われた。

さらにワークショップの最後には、スクラムを実際に導入するプロダクトを選定。その中から、スクラム導入の意思がある数チームが、パイロットチームとなったのだ。

Scrum@Scaleの導入には、このScrum Inc.が伴走していくことになる。LIXILのアジャイルコーチとScrum Inc.のコーチが一緒になり、パイロットチームへの研修が始まった。

まずは、スクラムマスター向けのトレーニングと、チームの立ち上げのワークショップを実施。その後も3ヶ月に渡りコーチングを行い、パイロットチームはアジャイルな働き方を体得していったのだ。

スクラム、拡大への道

パイロットチームが成果を出し始め、次はスクラムチームを部門に拡大させるフェーズへ。アジャイルな働き方を取り入れたいチームを募り、彼らにもスクラムを導入していったのだ。

Scrum Inc.は、応募したチームに対し、2日間のスクラムマスター養成研修と、3日間のチーム立ち上げワークショップ、2週間のコーチングを実施。LIXILデジタル部門では、このスクラムチームの立ち上げの一連の過程をWaveと名付ける。2ヶ月毎にこのWaveを繰り返し、Scrum@Scale組織を徐々に拡大していった。

チームの“ハピネス”が向上

スクラムを導入してから、デジタル部門の成果や社員が仕事に取り組む姿勢には、目に見えた成果が現れたという。

以下は、スクラムを経験したLIXIL社員の声だ。これまではウォーターフォール型の開発プロジェクトで、プロジェクトマネージャーをしてきた社員である。

・開発スピードが上がっている。良い品質のシステムを、素早く提供できるようになった
・開発の進捗が可視化された
・自分がどう会社に貢献できるかを考えるようになった

効果は数字にも表れた。プロジェクトを遂行する速度の数値は、明確に向上。さらにパイロットチームのハピネス(幸福度指標)も、継続して向上し続けた。スクラム開始からわずか3ヵ月で、リモートに移行せざるを得なかったにもかかわらず、だ。

スケールを成功に導く秘訣とは

初めての試みにもかかわらず、なぜこのような結果を出すことができたのか。その理由は、大きく以下の3つに分けることができる。順番に見ていこう。

① アジャイルプラクティスによる、スクラム定着の支援
② EATとEMSによるリーダーシップ
③ CoP開催による、チームを横断した調整

まずデジタル部門のScrum@Scaleの拡大において、最も大きな原動力になっていたもの、それが「アジャイルプラクティス」だ。

アジャイルプラクティスとは、社内のアジャイルコーチで構成されるチームを指し、LIXILのデジタル部門をアジャイルな組織に変えることをミッションとする。もちろんアジャイルプラクティスも、スクラムを取り入れて、スクラムチームとして働く。

アジャイルプラクティスは、毎週のスプリントレビューで、CDO(Chief Digital Officer)を含むリーダーらに対し、スクラムの定着や拡大の状況をレポートする。

さらに、スクラムの情報共有と知見の蓄積のための策を練るのも、アジャイルプラクティスの仕事だ。

たとえば、LIXILならではのスクラム実践の工夫やガイドラインは、Playbookとしてまとめられ、全スクラムチームのスクラム実践の基盤となっている。

さらに6人の社内コーチは、互いの情報共有を徹底。各チームの学びやコーチの状況をCoaching Diaryに記録して、常に各チームの状況が共有される状態を作っている。

また各チームのスクラムマスターは、チームの変化を可視化するため、スクラムの3-5-3の状況を毎週レポート。状態が悪化しているチームがあれば、アジャイルプラクティスが素早くチームを支援できる仕組みだ。

このように、アジャイルプラクティスと各チームのスクラムマスターが連携することで、チーム同士も連携して知見を共有し、組織として最大のパフォーマンスを発揮できるのだ。

スケールの鍵を握るリーダーシップ

2つ目の要因は、Scrum@Scaleを牽引するEAT(エグゼクティブアクションチーム)と、EMS(エグゼクティブメタスクラム)の存在だ。
 

EATとEMSは、スクラム組織のリーダー的な存在だ。EATは、チームでは解決できない、組織レベルで協力しなければならない課題や障害を解決する。LIXILの場合、アジャイル組織出身のデジタル部門のリーダーがEATを結成し、各チームのスクラムマスターと連携して、様々な障害を迅速に解決している。

コロナウィルスの影響でリモートワークに移行する前は、オフィスのデジタル部門スペースの中央に、EATの障害管理ボードが設置されていた。チームからレポートされた障害を、どのリーダーがいつ解決したか、一目でわかるようにするためだ。

リーダーシップとチーフプロダクトオーナーの定期的なフォーラムであるEMSは、組織全体の意思決定とバックログの優先順位を決め、各スクラムチームのバックログとの整合性をとる役割を担う。

LIXILのデジタル部門の場合は、意思決定の迅速化のため、CDOやビジネス部門のステークホルダー、チーフプロダクトオーナーが、EMSに参加。定期的な議論を通じて、デジタル部門の方向性を揃え、各チームの学びを組織の戦略に素早く活かすことに貢献している。

リーダーシップ自らがアジャイルな働き方を実践し、チームの障害を打ち砕く。これは、スクラムチームの生産性の向上だけでなく、チームのアジャイルやスクラムの導入に対するモチベーションの向上にも役立っている。

チームを横断して課題解決

3つ目の要因として、スクラムチームの学びを共有し、課題を解決するための仕組みである、Community of Practice(CoP)の開催が挙げられる。

CoPを通じて、スクラムチームは、自分たちのベストプラクティスや知識、新たなツールなどの情報を共有。チームを超えてスクラムマスターが連携することで、チームでは解決できない課題を解決できている。

変革の実現に向けて

ここまで、LIXILがどのようにデジタル部門にスクラムを導入し、アジャイルな働き方を浸透させてきたのかを見てきた。最後に、LIXILのリーダー陣とアジャイルプラクティスが、Scrum@Scaleの導入初期に作成した、スクラムを導入していくにあたっての組織変革のビジョンを紹介したい。
 

このビジョンには、「我々は、もっと顧客へフォーカスし、顧客の課題に共感するまで理解し、顧客が気づいていないような課題までも解決する。顧客がビックリするようなソリューションをもっと素早く提供していこう。そのことを我々自身楽しんでやっていきたい。」、そんな思いが込められている。

2019年12月のスクラムおよびScrum@Scaleの導入から1年半。デジタル部門の約半数の500人余りが、スクラムを実践するようになった。最近では、マーケティング部門やグローバル部門でもスクラムの導入が始まった。

スクラムとScrum@Scaleが浸透することで、LIXILの変革が着々と実現に向かっている。

(Illustrated by Yoshie Sekita)

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