インターシステムズ様 事例紹介 (1)

スクラムとの出会い、そして実践へ ー あるソフトウェアハウスの挑戦

Scrum Inc. Japanが主催している研修に参加していただいている受講者は、事例のページでご紹介しているような大企業の方ばかりではありません。
実際、日々多くの課題に直面しつつ、どうにか克服したいと考える、中規模から小規模の会社の方々が、それらの課題を解決するためのヒントを我々の研修に探しに来ています。
そして、これら中小規模の会社の方が、多くの大企業に見られる既存のルールやしがらみから比較的自由であり、アジャイル・スクラムをスムーズに導入されているケースが多いです。

これから数回かけて、そんな事例をご紹介します。

限られた人数の社員の力を、最大限に活用して成果を上げるにはどうすれば良いのか?
インターシステムズ様の挑戦について、ご紹介します。

期待と不安が交差した、研修後の何気ない会話

その方々は、弊社が開催するスクラムマスター研修の、2024年の年末の開催回に参加されていました。

弊社のオンサイト(集合型)研修では、1日目の終了後、ネットワークパーティと称し、簡単な飲み物とスナックで、参加者同士の親睦を深める取り組みをしているのですが、その中でインターシステムズの方々とお話しする機会がありました。

株式会社インターシステムズ
左から 池畑さん、長谷川さん、浜田さん

研修の内容についての質問や、自社のチームの状況など、ざっくばらんに話す快活な女性と、冷静な雰囲気を漂わせている女性、そして少し緊張気味な強面の男性の3名様。

その中で、ざっくばらんなお話しをされていた方が、インターシステムズ社長の長谷川さんでした。
名刺を交換させて頂いた際に、代表取締役と書かれていて、あれ、社長さんだったのですね?などと間抜けな返答をしてしまったことを今でも覚えています。

そして、長谷川さんとご一緒されていた、冷静な雰囲気を漂わせていた女性は、長年インターシステムズで主要プロダクトの管理を担っている池畑さん、強面の男性は、昨年から開発チームのマネージャーとなったという浜田さんでした。

長谷川さんが、「勉強になりました!是非とも会社で取り入れてみたい!」と朗らかにコメントされていた一方、池畑さんや浜田さんは、「これ、うちの会社で、うちの社員達で本当にできるのだろうか?どうやれば良いのだろうか?」と心配をされている様子でした。

研修のその先へ ― インターシステムズ訪問と課題ヒアリング

Scrum Inc. Japanは、スクラムの研修をお届けしていますが、本来のミッションは、アジャイル・スクラムによって会社や組織の働き方をより良いものにすることです。
このため、チームレベルのコーチや、組織にアジャイル・スクラムを導入するためのご支援もしており、むしろこちらの方が本業だったりします。

長谷川さんの「是非会社で取り入れてみたい!」という意思のこもった言葉の印象が残っていた私は、研修翌月の2024年12月に、インターシステムズ様を訪問しました。

横浜の港北ニュータウンのセンター南駅の一角にあるビルに、インターシステムズ様のオフィスはありました。

Scrum Inc. Japanでは、顧客訪問時に、可能な限り皆様が抱える課題などをヒアリングした上で、それに即したご提案をするよう心がけています。

今回の打ち合わせも、受講のきっかけや、仕事上の課題感などをヒアリングするところから始めました。

インターシステムズ 長谷川社長

長谷川さん達がScrum Inc. Japanの認定スクラムマスター研修を受講されたきっかけは、社外取締役のアドバイスだったそうです。

インターシステムズでは、システムを開発するだけでなく、それを自ら運用し、顧客と伴走しながら業務改善を行うことを強みとされています。
そして、その強みをより活かしていくためには、会社の各役割が顧客に向き合い、能動的に行動することが必要になります。

そういった能動的な行動が自発的に起こるようになるために、何か良い取り組みがないかと社外取締役に相談したところ、もらったアドバイスが「スクラムについて学んでみては」だったそうです。

そんなアドバイスが、長谷川さん達と私たちを結びつけてくれました。

「作って終わり」にしなかった会社の50年 ― 先代社長の慧眼

さて、ここで、長谷川社長からお伺いした話を元に、インターシステムズの成り立ちと、ここまでに至る経緯についてご紹介したいと思います。

インターシステムズは、前身となる企業の歴史から数えると今年で50年目になります。
2001年に横浜に本社を構え、現業態のビジネスに本格的に発展させたのは、長谷川さんのお父上である田中和人氏です。

インターシステムズが創業された1990年代は、ITエンジニアがまだ少ない時代でした。
新たな技術が次々に生まれる中、同社の最初のプロダクトは、Canon様と共に印刷業界に技術革新をもたらした、DTP技術を取り入れた専用機だったそうです。
その後、DTP技術にも通じる「ドキュメントを描く」領域へ展開し、現在では一般的になったべジェ曲線に関する技術開発を行い、自社製品としても販売をスタートしました。

さらに2000年代後半には、自動車業界向けに会員管理システムのサービスを提供し、登録等の管理や会員証の印刷等を含めたBPO業務へも領域を広げました。

ソフトウェアの必要性が高まり、規模も大きく、複雑になっていく。
そんな中でも、ソフトウエア業界では請負契約型の開発が主流でした。
このような状況下で、顧客観点では機動的な機能の追加が困難になる事象が多く発生した一方、開発側観点では、要件定義が不十分なまま発注されたり、途中で要件が膨張することにより、開発側の負担増と疲弊の問題が一気に表面化し始めます。

その中で、先代社長は、取引先と会話を密にしながら、開発においては月額利用料を受け取る運用サービス(今でいうサブスクリプション)の考え方を導入し、取引先と共生できるビジネスモデルを描き、実践をスタートしたそうです。

先代社長時代の社内風景、田中前社長は社員をリードするエンジニアでもあった

こだわったのは、「作って終わり」ではなく「使われ続けること」。
結果としてシステムは現場に根付き、お客様と長く関係を続けることができる会社になっていきました。

正に慧眼という他ないと思います。

また、先代は優れたエンジニアでもあったようで、社員が少ない時代から、自らが率先して現場に立ち、手を動かして最前線で開発していました。

しかし、そのようなカリスマ性を持った社長の下で、社員の中には、「社長の判断を待つ」姿勢が生まれてしまった面もあったようだといいます。
これは強いカリスマ性をもつ指導者が持つ、ネガティブな影響の一つなのかもしれません。

「父と同じ」ではなく、皆で前に進むために

一方、現在の社長である長谷川さんは、先代社長とは全く別のキャリアを歩んできました。

新卒で入社した会社はアパレル企業で、営業、MD(マーチャンダイザー)や新規事業の立ち上げなどに携わっていました。

また、小さなアクセサリーブランドを運営していた時期もあったそうで、おおよそシステム開発とは無縁のお仕事をされていました。

そんな長谷川さんがインターシステムズへ参加したのは、お父上からの「営業の手が足りない。手伝ってくれないか」との声がきっかけでした。

しばらくは手伝いが続きますが、長谷川さんのライフイベントを機にいったん会社を離れていた最中に、その日がやってきました。

2022年1月、父上である先代社長が急逝されたのです。

公私ともに慌ただしい中、長谷川さんがインターシステムズに復帰したのは、2022年4月。

現場に立ちながら会社の状況と向き合う中で、承継についても長く悩んだそうです。

「父の意思を継ぐ」という言葉だけでは、自分は前に進めない。
「この会社が好きか」「自分にやれることがあるか」「やりたいと思えるか」
——自問自答を繰り返した末に、代表を引き継ぐ決断をされたそうです。

私には、父のような技術的素養やカリスマ性はないですが、父が残してくれた素晴らしいビジネスモデルやお客様、そしてこれまでインターシステムズを築いてきた社員のみなさんがいる。
「父と同じ」を目指すのではなく、父がやってきたこと以上の成果を、皆で出せる仕組みにしていきたい。目標に向かい、社員一人一人の得意や個性を引き出すことで、意見が行き交い活性化された職場にする。そうすれば更に良い会社になれるのではないか、と考えました。

インターシステムズの会社の運営方針の議論の様子

それと、インターシステムズの社員はとても穏やかで、社風も一人一人を大切にする風土があります。私も代表になった時は子供もまだ2歳。子供も好きで、子育ても大事。だけど仕事も好き。
様々なライフステージの人が活躍し、チームで回る会社。
そんな働きやすい会社にもっとしていきたいんです。

お話しを聞いて、心を動かされました。

Scrum Inc. Japanとして、何かお手伝いできることはないか、早速持ち帰り、提案を考えることにしました。

続く