株式会社ディー・エヌ・エー様(以下、DeNA)は、ゲームやライブ配信などのエンターテインメント領域や社会課題領域で事業を展開する企業です。
会社が標榜する「永久ベンチャー」であり続けるためチャレンジを続ける企業が、Scrum Inc.の研修をどう活用しているのか。
DeNA社内での技術研修を統括し、現場での活用を推進されているお二人にインタビューしました。
──まず、DeNAさんのビジネスについて教えてください。
二ノ宮:DeNA の事業の柱はゲーム、スポーツ(横浜DeNAベイスターズ)、ライブ配信で、すでに多くの方々に知って頂いている内容ではないかと思います。
知名度はまだ高くないですが、実はこれらの他に、ヘルスケアやメディカル事業など、社会課題領域でも事業展開しています。
これら様々な事業分野に従事する社員は約2,000名ほどです。
──DeNAはどのような社風なのですか?
二ノ宮:新たな分野に挑戦していこうという文化、社風があります。
「我々は永久にベンチャーであり続けよう」というマインドで働いています。
これを受け、会社の考えとしては成功確率が50%のものにチャレンジしていこう、ということがスローガンにもなっています。
平子:外部の要因・状況の変化に柔軟に適応し、不確実性が高いことに取り組んでいるな、ということは働いていて感じます。
それだけに、時には事業も方針転換が必要となり、部門が事業領域ごとなくなるということさえあります。まさにサバイブしていく感覚で仕事をしています。
二ノ宮:このため、社員は様々な領域に興味を持って仕事をする必要がありますし、実際そうしている社員が多いです。
会社としても、熱意をもった社員が希望する事業に関われるよう、手を挙げれば他の部門に異動できたり、在籍部門はそのままに、他の部門の仕事を兼務する形で関与できる仕組みを整備しています。
また、DeNAには仕事を通じての自分の学びやノウハウを、社内外を問わず事例として共有する文化があります。
イベントに登壇して話そう、伝えよう、という強い思いを持った社員が多いです。
──アジャイルに取り組もうとされたきっかけは何だったのですか?
二ノ宮:社内で多くのプロジェクトが立ち上がるのですが、やり方を洗練させることで、もっと上手くできるのではないか、という思いをずっと持っていました。
そして、うまくいかないプロジェクトの要因を分析し、最終的には、プロジェクトを推進できる人材が足りていないのではないか、という結論に至りました。
社内には、優秀なエンジニアは多い一方で、ビジネス面からプロジェクトを推進できる、いわゆるプロジェクトマネジメントの知識や経験をもつ人材が不足していました。
このため、当時の上司と相談し、「こういった人材を増やすため、プロジェクトマネジメントの知識を体系的に学べるような研修をやろう」という話になりました。
よく、プロジェクトを進める方法論として、ウォーターフォールとアジャイルが対立軸のように取り扱われますが、我々としては、どちらも「プロジェクトを成功させるための方法論」という捉え方をしています。
このため、DeNAではアジャイルの研修と一緒に、従来型のプロジェクトマネジメントの研修も実施し、受講者には両方を受けてもらっています。
──アジャイルだけでなく、従来型のプロジェクトマネジメント研修も合わせて実施しているのはユニークです。それによって、どのような効果が得られたのでしょうか?
二ノ宮:ウォーターフォールを学ぶ従来型のプロジェクトマネジメント研修とアジャイル研修の両方を同時に学び、違いを理解することで、実際にプロジェクトを推進する際、プロジェクトの性質を考慮し、どちらの方法論を選択するかの判断ができるようになる、というのも研修の狙いの一つです。
正直なところ、まだすべての人が、自分たちの業務について、どちらを使えば良いかという判断ができるまでには至れていないと思いますが、プロジェクトを推進する責任者が、双方の違いを理解した上で、どちらの方法論を選択するか判断しなくてはならない、という認識は定着したと思います。
SIJ 木代:最初の段階でスコープが明確になっていて、それがプロジェクトを通じて変わらないようなケースでは、アジャイルの効果が得られにくいということはよく知られています。
おっしゃる通り、プロジェクトによって違った方法論を取るのは合理的だと思います。
SIJ 齋藤:そういえば、DeNAさんでは研修の最後に、社内からゲストを招いて事例発表をして頂いていましたよね?
二ノ宮:はい、研修を何度か開催していく中で、スクラムを学ぶだけでなく、それが社内でどのように使われているのかを受講者に知ってもらいたくて、社内の実践者に声をかけて登壇してもらいました。
研修での質疑応答時間では足りず、研修の後、受講者が登壇者のところに個別に相談しにいって、アドバイスをもらうなど、良い効果が生まれています。
SIJ 齋藤:素晴らしいですね。
──Scrum Inc. Japanの研修を採用頂いた理由は何だったのでしょうか?
二ノ宮:最初はトライアルという形で、いくつかの会社が提供する研修やコーチのサービスを試していたのですが、アジャイルの研修については、最終的にScrum Inc. Japanにお願いする形となりました。
トライアルの中で、Scrum Inc. Japan以外の他の研修会社やコーチの方にも教えてもらったのですが、受講者に腹落ち感を持ってもらうことが今ひとつできませんでした。
Scrum Inc. Japanの研修は、すべてZoomによるリモートからの研修という形で実施頂きましたが、レクチャーとワークがセットになっていて、学んだことをすぐにワークで実践でき、受講者の腹落ち感が非常に高かったです。
また学習効果を高めるために、チームごとに1名のコーチが付き、質問にすぐに答えてくれる手厚さがありました。これがScrum Inc. Japanの研修を採用している理由です。
──研修には様々な職種や部門の方が参加いただいていますが、具体的にどういった方が受講されていたのでしょうか?また、どのように受講者を選定されたのでしょうか?
二ノ宮:初回の研修はトライアル的な意味合いもあり、本社所属の社員に限定しましたが、スクラムの働き方はソフトウェア開発に限ったものではないため、職種は限定しませんでした。
最終的には、様々な職種の方に受講頂きました。
初回の研修が非常に好評で、受講者の口コミもあって、グループ各社からも受講の要望を多数いただき、その後の開催で対象者をグループ会社社員に拡大していった経緯があります。
その結果、アプリ開発などのIT系職種だけでなく、バックオフィスや球団運営のメンバーなど、幅広いメンバーに受講してもらいました。
受講者の選定については、モチベーションを重要な指標として考慮しました。上司などからの「受けなさい」という押し付けではなく、「受けたい」と手を挙げてくれる社員に参加してもらうことが大前提です。
募集時にはアンケートをとり、その内容を精査し、より熱意のある社員に受講してもらうことにしています。
平子:実際に落ちてしまって、残念がっている人がいました。
二ノ宮:そうですよね。
参加者数には限りがあるとはいえ、受講できなかった社員に申し訳ないです。
また、新規事業や、より一層の成長が期待される事業部など、重要だと思われる領域の部門を受け入れながら、なるべく多くの部門、多種の職種のメンバーが参加できるよう調整を行っています。
──現場で実践されているお話も聞かせてください。
平子:スクラムの考え方は自分たちの事業の拡大に必要と考え、実際の仕事においても多くの人たちが、採り入れようとしています。
私は、自分のチームではスクラムを採用していて、私自身はスクラムマスターの仕事をしていますが、その一方で人事系の仕事もしています。
人材育成の観点で、自分たちの事業をより拡大し、成長させるためのドライバーとなるスクラムを、より多くの人に理解し、知ってもらいたいという思いもあり、新入社員への研修でスクラムを学んでもらう取り組みを始めています。
一連の研修を作りあげることはとても大変なのですが、研修を作り上げること自体もアジャイルのマインドでやってみようと思い、走りながら、できるところから少しずつ作り上げていくアプローチを取りました。
はじめは戸惑うことが多かったですが、Scrum Inc. Japanの研修に一緒に参加したチームのメンバーが相談相手になってくれ、色々助けてくれました。
最終的には、研修を提供するためのメンターを募り、スクラムチームを組成しました。
SIJ 木代:スクラムでスクラム研修を届けたのですね。
平子:はい、そうです。
最終的に、新卒のエンジニア60人を対象とする、1ヶ月を超える長期の研修が完成しました。
──現場で実践されているお話も聞かせてください。
平子:研修の狙いは、会社が常に向き合っている不確実性に対し、どう立ち向かうのかを考えてもらう、という点になります。
チームごとに、DeNA社内の課題を見つけ、それを解消するプロダクトを作りあげることを目指します。
例えば、
・会議室予約がスムーズにできない。
・スケジュール調整に時間がかかる。
・全社的な案内、アナウンスがメールやチャットベースである点。
のような課題をチームごとに探し出し、それらに対する解決策を考え、アプリの形にしていきます。
1スプリントは3-4日、12スプリントで最終的な成果物を作り上げます。
新卒のチーム内に、スクラムマスターを1人立て、我々はチームのスクラムマスターのメンターとして入りました。
DeNAでは、技術者の採用に力を入れているので、新入社員でも技術力が高い人が多いです。
また、アジャイル・スクラムについてある程度の知識がある人もいるのですが、実際には個人で開発をしてきた人が大半です。
そして、当然といえば当然なのですが、「なぜ」アジャイルなのか、「なぜ」スクラムなのかを理解できている人はほぼいないです。
テクニカルスキルはあるが、マインドセットが足りていない状況、といえばいいのでしょうか。
繰り返しになりますが、アジャイルやスクラムが目的ではなく、会社が常に向き合っている不確実性の中で、顧客の価値をどのように高め、事業として成功させるのか、が目的です。
この目的(Why)と、それを実現するための方法論が、アジャイルやスクラムなんだということは、一番最初に新入社員にお伝えしています。
──スプリントを重ねていく中で、どのようなことが起こったのですか?
平子:序盤のスプリントでは、何も検証せずに時間を費やしてしまうチーム、何が確実なことで、何が不確実なことなのかを理解できていないチームが多く見られました。
締切までに完成させれば良い、という考え方をしてしまっているチームが多かったので、ここはメンターとしてたくさんの投げかけをしました。
多くのチームは、そこで気づき、社員にアンケートをとったり、自分たちの成果物を未完成でも良いので社員に見せ、フィードバックをもらい、それを自分たちのプロダクトに反映させていくことができるようになりました。
一方、課題を解決するプロダクト作成という目的においては、うまく行ったチームばかりではありませんでした。
メンターからの投げかけを聞き入れず、頑なに自分たちが考えるプロダクトを期間内で作り上げるようなチームも出てきました。
こういったチームは、やはり顧客の価値にフォーカスできず、最終的に自分たちのプロダクトを社員に使ってもらえませんでした。
そういったチームも、自分たちのプロダクトを届けた社員の違和感を認識し、自分たちのやり方が不味かったと気づいたと思います。
これはまだ研修なので、この失敗から学べれば、実際の仕事でのアプローチの仕方は変わってくると思います。
──実際にスクラムを新入社員に教えてみて、如何でしたか?
平子:まずはやってみよう、という観点で始めましたが、やってみると様々な気づきがあります。
確かに新入社員には教えているのですが、それによって自分たちも教えてもらっている感覚です。
実際の仕事で、自分はこういう妥協をしていないか、新入社員に伝えているように振る舞えるか、襟を正すきっかけになりました。
また、メンター同士で定期的にレトロスペクティブをし、どうするのが新入社員のチームにとって良いのか、議論を重ねました。
このレトロでは、チームに対するコーチについての様々なアイデアが出て、それが実際に適用されていきました。
検査・適応のサイクルを回し経験を積むことが大切だとあらためて感じました。
──今後、アジャイル・スクラムを活用して、どのような問題を解決していきたいですか?
二ノ宮:スクラムを教えて頂いた方の前では申し上げにくいのですが、実際の現場では、教えて頂いたすべての要素を漏れなく適用できる仕事ばかりではない、と感じています。
けれども、こうやればうまくいく、こういうやり方もあるんだ、ということを発信し、他の人たちが仕事をうまく進めることができるヒントを広めていきたいと考えています。
私は現在、会社の間接部門として、ヘルスケア、メディカル、ゲーム、スポーツ分野などの各事業部がもつデータを分析したり、AIに解析・推論させることで、必要と思われる機能や戦術を提案する業務に従事しています。
開発者が、それぞれの事業部の仕事を別々に担っているようなチームです。
この状況下では、どうしても兼務が発生し、研修で教えて頂いた「小さな(専任の)チーム」のスクラムパターンが取りづらい、またスウォーミングもしづらい状況です。
このように、Scrumのすべての要素を盛り込むことが難しい仕事でも、取り込める要素を組み合わせて利用することで、こういうやり方もできるんだよ、ということを社内に伝えていきたいと考えています。
社内で誰か取り組んでいることを知れば、それをまた違う誰かが試し、そこでの知見が更に社内に広がる。
こういうことを繰り返して行けば、組織全体の練度が高まり、事業目標の成功に近づけると考えています。
平子:私のゴールも、ビジネスを成功させることです。
人事系の仕事をしている観点から、この目標をプロセス改善で達成したいと考えています。
以下のような点には、まだ改善の余地があると思っています。
・各事業部が自律的に行動する。
・組織のフロー効率を上げる。
・組織全体として大きな粒度のスウォーミングができる。
現在、DeNAでは多くのチームにスクラムマスターがいますが、スクラムマスターはプロセスを開発者と違った視点で俯瞰しているので、改善を提案することがしやすい立場にあると思います。
これらのスクラムマスターの力を借りて、チームの課題だけでなく、組織全体の問題解決にも役立てたいと考えています。
HRBPという考え方がありますが、スクラムマスターはまさにこのHRBPとなりうる存在です。
スクラムマスターのネットワークを作り、組織の問題解決をしていける仕組みづくりをしたいと思います。
SIJ 齋藤:ありがとうございました。