――SCSKが立ち上げた「目的型ふるさと納税」サービスは、ちょっと珍しい仕組みだと聞きました。どんなサービスなのでしょうか?
遠藤さん:一言で言えば、「返礼品がないふるさと納税」なんです。代わりに、寄付金の使い道を自分で選べる──特に「教育機関を応援する」という目的に共感した人が寄付できるサービスです。通常のふるさと納税は、お肉やお米などの返礼品がもらえることが一つの魅力ですが、SCSKが手がけたのは「推し活型」ふるさと納税。つまり、自分の母校や、旅行で訪れた大学、地域の活動を「頑張ってほしい」という気持ちで応援するものです。
――地域を応援することを大切にしているサービスなのですね。
遠藤さん:寄付ってちょっとハードル高く感じないでしょうか?「自分なんかが寄付なんて…」という方もいると思います。でも「応援する」って考えると一気に身近になるんです。たとえば、学生が地元のマルシェで自分たちのデザインを披露していたり、地域のプロジェクトで頑張っていたりする姿を見ると、「頑張れ!」って応援する気持ちになる。その応援する気持ちを寄付という形で後押しできるんです。
──地域をどのように応援することができるのでしょうか。
遠藤さん:このサービスの面白さは、「大学に寄付する」のではなく、より具体的に大学が地域と連携して取り組んでいる「プロジェクトに寄付する」点です。たとえば、北海道大学では「企業家育成プロジェクト」、札幌市立大学では「学生の部活動支援」など、地域とのつながりが強いプロジェクトが選ばれています。教育機関がその地域に存在する意味って何だろう?──そんな問いにちゃんと向き合って、大学の先生たち自身が「選ばれるプロジェクト」を考えてくれたんです。地域と一緒に未来を育てる。そんな仕組みを形にしました。
――このようなユニークなサービスを、大手SIerであるSCSKで立ち上げるのは、かなり大変だったのでは?
遠藤さん:そうですね。正直、簡単な道ではなかったです。でも、だからこそやりがいがありました。
新規事業に挑むうえで、まず大きな壁になったのが「組織の構造」でした。理想は、ビジネス、開発、デザイン、マーケティングなど、すべての役割が一つのチームに集まり、すばやく意思決定できること。でも実際は、顧客、社内の複数部署、さらに外部のパートナー企業とも連携しながら進める必要がありました。
たくさんの関係者が関わる中で、最初はビジネスチームが中心となって「みんなをつなぐ役割」をしようとしたんです。でも気がつくと、「中心にいる人があちこちに個別対応する」構造になってしまいました。チーム全体で同じ方向を向いて動くのが、なかなか難しかった。開発は開発、営業は営業のように、それぞれが「自分の専門的な仕事」に集中しすぎていた。また、経験豊富なメンバーに意見が集中しやすく、若手や委託先の社員が自発的に動きにくい場面もありました。チームとしての一体感が足りなかった時期がありました。
──上司などのステークホルダーにはどのようにアプローチしたのでしょうか。
遠藤さん:根回しっていうと聞こえは悪いですが、社内を丁寧に巻き込むことを続けました。課長として、経営層のいるフロアまで何度も足を運び、想いを伝え続けました。それを私は「共感をつくる旅」と考えています。仲間を増やすことが、変化を生む第一歩だと思っています。
遠藤さん:根回しっていうと聞こえは悪いですが、社内を丁寧に巻き込むことを続けました。課長として、経営層のいるフロアまで何度も足を運び、想いを伝え続けました。それを私は「共感をつくる旅」と考えています。仲間を増やすことが、変化を生む第一歩だと思っています。
嬉しかったのはプロジェクトが進むにつれて「会社全体がこのプロジェクトを応援してくれた」ことです。予算も人も集めてもらえて、グループ会社からも「一緒にやろう」という声が上がって。みんながこれは誇れるプロジェクトだと考えてくれていたのだと思います。
――チームにとってつらい時期はありましたか。
尼子さん:ニーズや要件を考えていた時期が一番つらかったですね。うまくまとまらず「これってどうやって決めたらいいの?」という問いがあふれていて。でも、そこであきらめず、みんなで考えて進んだことが、今に繋がっていると思います。実際、開発の経験が少ないメンバーもいる中で、「これは使いやすいのか?」「この動作でユーザーが喜んでくれるのか?」といった問いを何度も繰り返す中でユーザーへの価値を追求していきました。
――プロジェクトが進む中で、チームにはどんな変化や成長がありましたか?
尼子さん:最初は「ゼロから何かを作る」という経験をしたことのないメンバーも多かったんです。でも、進めるうちにどんどん自分で考えて動けるようになっていきました。
新規事業のプロジェクトに、最初から完璧なプロセスはなく、むしろ「どうしていいか分からない」がスタートライン。そんな中でも、メンバーひとりひとりが試行錯誤しながら、少しずつチームとしての「かたち」ができて来たのではないかと思います。
最初はデイリースクラムでも、誰かが黙ってしまう場面があったり、開発できる人とそうでない人で温度差が出たりして。でもそこは、話す内容を絞ったり、雰囲気を和らげたり、スクラムマスターとして場を整える工夫をしてきました。
苦労を乗り越えた先に見えたのは、「自分たちの力でサービスを作った」という実感です。リリースした瞬間は「やった!」というより「あれ…?本当にできた?」みたいな感じであまり実感がなかったんです。でも、その後に「ありがとう」「すごいですね」という言葉をたくさんもらって、そこで一気に喜びがこみ上げました。
こうした積み重ねや成功体験が、チームに「一体感」をもたらしていったのだと思います。
――今回のプロジェクトでアジャイルを取り入れた背景を教えていただけますか?
遠藤さん:新規事業は試行錯誤の繰り返しだと思います。お客様のニーズも、サービスの設計も、運営の仕方も、どうやって広めていくかも、全部「やってみないと分からない」。だから、仮説を立てて、試して、また考える。そんな柔軟な進め方が必要だと思ったんです。
私が最初に思い描いていたのは、小さく作って素早くフィードバックを得て、すぐに改善につなげる──そんなアジャイル的な進め方でした。しかし現実には、すべてをアジャイルに進められたわけではなかったです。
最初のリリースに向けては、やはり「全体としてちゃんと動くもの」を作る必要がありました。市役所や大学にプレゼンするには、サービスの全体像が見えないと難しかったです。結果として、MVP(最小実用プロダクト)を大きくして、ウォーターフォール的な要素も取り入れざるを得ませんでした。
――理想と現実のギャップがあったと。
遠藤さん:そうですね。でも、そこは「割り切り」でした。アジャイルの理想論にこだわりすぎてプロジェクトが止まってしまっては本末転倒なので。最初は仮説を固めて、ある程度の仕様を定めて一気に作る。その後で、ユーザーの反応を見ながら改善していく。そんなハイブリッドな進め方が結果的に良かったと思います。
実際、初期段階では大学関係者や自治体に向けたプロトタイプの提示が重要で、動く画面を見せることで共感と信頼を得られたといいます。
一方で、構想やマーケティング、営業の部分では、アジャイルな考え方が色濃く活かしていました。仮説ベースでプレゼン資料を作っては修正、広告の反応を見ては見せ方を変える。まさに「小さく作って早く学ぶ」スクラム的な動き方をしていました。セールスでも企画でも、アジャイルって活かせるのだなと強く実感しています。
――プロジェクトの立ち上げ時、チーム全員でScrum Inc.認定スクラムマスター研修を受けたそうですね。
遠藤さん:スクラムを本格的に取り入れるなら、我流ではダメだと思ったんです。絶対に成功させたいプロジェクトだったので、チームみんなで“正しくスクラムを学ぶ”ことが必要だと考えました。
尼子さん:たとえばバックログやデイリースクラムという言葉も、全員が同じイメージを持っていないと噛み合わない。研修を受けてスクラムのひとつひとつの考えを背景や成り立ちとともに深く学んだことで、そうした言葉がチームにとって本当の「共通言語」になりました。
遠藤さん:私にとって一番印象に残っているのは、プロダクトオーナーは孤独だ、という経験豊富なトレーナーとの会話です。実際にやってみると、確かに意思決定や責任が集中しがちで、すごく孤独に感じることもある。でも、そのときに隣にスクラムマスターがいてくれて、客観的な視点や共感をして支えてくれたのは、本当に心強かったです。
尼子さん:「チームで働く」ということがどういうことなのか──研修でその本質に触れられたことが大きかったです。単に個人に仕事を振って進捗を管理する役割ではなくて、チームの力を引き出すのがスクラムマスターなのだと実感しました。
遠藤さん:1回やって全部うまくいくなんてことはないけど、次はもっと上手くできる。研修で学んだスクラムの「なぜ」の理解があったからこそ、うまくいかなかった時も冷静に振り返れたんだと思います。
――今回のプロジェクトでは、プロダクトオーナー(PO)とスクラムマスター(SM)が明確に役割分担されていたと伺いました。それぞれ、どのようにチームに貢献されていたのでしょうか?
遠藤さん:私はプロダクトオーナーとして、「このプロジェクトを成功させるんだ!」という強い想いを持って、ぐいぐい引っ張っていく立場でした。でもその分、主観的になりすぎたり、視野が狭くなったりしがちで…。だからこそ、尼子さんというスクラムマスターの存在がとても大きかったんです。まさに“サーバントリーダー”として、チームの土台を支える役割を担い、時にはチーム内の温度差や衝突に対して場を整え、時には進め方に迷いがあるメンバーをそっとサポートする──そんな「見えない支え」として、プロジェクトの裏側をしっかりと支えてくれていました。
尼子さん:私は、リーダーというより「下から押し上げる」役割でした。遠藤さんが前線で進んでいく中で、チームの空気や関係性を整える。全体がブレずに進めるように、「もうひとつの視点」を持つよう心がけていました。
――POとSMのコンビネーションが、プロジェクトの推進力になったのですね。
遠藤さん:そう思います。POって、自分の「やりたい方向」に強く引っ張っていく立場。でも、それだけじゃうまくいかない。スクラムマスターがいるからこそ、POの視野が広がるし、チームの温度感も保たれる。新規事業においては、特にこの役割のペアが大事だと思いました。
尼子さん:スクラムマスターは、単なる進行管理係ではありません。チームを内側から整え、メンバーが自律して動けるように促す存在。そしてPOは、ビジョンを示し続ける「旗振り役」。一見真逆の役割に見えるかもしれませんが、お互いを補完し合うからこそ、スクラムはうまく機能する。そしてスクラムチームには、強い個があっても、そこに「支え合い」がなければ前に進めない。今回の経験を通して、それを強く実感しました。
――今後の展望をお聞かせください。
遠藤さん:現在はリリース後の改善活動に取り組んでいます。最初にリリースしたサービスの課題を解消しつつ、ユーザーに新しい価値を提供していく。次のフェーズに向けて、まさに走り続けているところです。1巡目の苦労と学びがあったからこそ、2巡目はもっとスマートに、スピーディーに動ける気がしています。経験から学んで適応していく、“How”だけじゃなく、“Why ―なぜそれが大事なのか”まで考えるスクラムのマインドセットを実体験から理解できた。だから次は、もっと自信を持って進められます。
尼子さん:2024年12月にサービスをリリースしてから、わずか1か月で多くの反響がありました。寄付者の方からの「ありがとう」などの言葉や、SNSでのシェアが本当に励みになりました。自分たちが作ったものが、誰かの想いとつながっている手応えがありました。今回でチームもプロダクトも大きく成長と思っています。今後は、お客様のことをもっと考えて、もっと速く、もっと柔軟に、そしてアジャイルの本質をさらに体現できるチームにしていきたいです。
遠藤さん:新しい挑戦はこれからが本番です。札幌市に続いて、他の自治体や大学への展開が控えています。次の地域では、また違ったニーズや課題があるはずです。だからこそ、今の仮説に縛られず、またイチから「対話」と「検証」を繰り返していく必要があります。
このプロジェクトが他と違うのは、「社会貢献」と「ビジネスの持続性」の両立を目指している点にあります。社会的意義があるからこそ、単発で終わらせず、継続して育てていく責任がある──それが、チーム全体の共通認識となっています。この事業が大きくなるほど、支援できる大学や地域も増えるし、“応援する文化”も広がる。そう思うと、やっぱりちゃんと育てていきたいんです。
SCSKが手がけた「目的型ふるさと納税サービス」は、地域や教育機関を“推す”という新しい寄付のスタイルを提案し、共感と社会的意義を両立したプロダクトとして誕生しました。社員のアイデアから始まり、大手SIerという環境で新規事業を成功に導くには、柔軟さと粘り強さ、そしてチームで“学び続ける力”が不可欠でした。開発ではウォーターフォールとアジャイルの両立に苦悩しながらも、スクラムマスターとプロダクトオーナーが信頼しあい、お互いの役割を補完しながらチームを育て、実践で築いた経験は、今後の挑戦にも大きな力となるでしょう。
本取組みは、新規事業に携わるすべての人にとって実践的かつ示唆を得られる事例ではないでしょうか。