マネージャーが「レビュアー」から「旅をする仲間」に
── 三菱電機名古屋製作所FAシステム部 アジャイル推進者たちの組織変革
シーケンサ(PLC)の企画・開発を担う、三菱電機 名古屋製作所FAシステム部。主力製品の企画・開発を担う部門で、現場の推進者と部長・次長クラスの管理職がワンチームとなって組織変革に取り組む活動が続いています。その名も「アジャイルクエスト」(通称:アジャクエ)
有名なロールプレイングゲームをモチーフに、組織課題を“モンスター”と呼んで役職を跨いでチーム一丸で挑んでいる。どのようにして管理職層を“当事者”として巻き込んだのか。なぜ一過性に終わらず、他部門への波及まで起こせたのか。仕掛け人の高松さん、部門上位層の奥山さん、久保田さんにお話を伺いました。

インタビュアー Scrum Inc. Japan:庭屋、入澤
ー まずFAシステム部の事業内容と、24年度から開始したアジャイル推進の出発点を教えてください。
久保田: FAシステム部は、一般的にはPLC(プログラマブルロジックコントローラ)、国内では「シーケンサ」と呼ばれる製品の企画・開発を行っている部署です。三菱電機の中でもFAシステム事業は大きな柱の一つで、その主力製品を担っています。私たちのミッションは、シーケンサというコア製品を起点に、新たな製品やサービスを生み出し、お客様に貢献し続けることです。
ー 主力事業のど真ん中でアジャイルを推進することになったきっかけは何だったのでしょうか。
久保田: 一番は「開発スピードを上げたい」「お客様に響く製品を作りたい」という思いです。シーケンサは国内で高いシェアをいただいていますが、多くの要望に応えようとすると仕様が肥大化し、開発期間が長期化してしまいます。そうして時間をかけて作っても、ウォーターフォール型だとリリース時にお客様から「ちょっと違う」と言われることがありました。私は当時、この空振りを減らして確実にヒットを打つ、いわゆる「打率を上げたい」と言って仲間を集めました。

ー 高松さんは現場でスクラムを始めてみて、どのように感じましたか?

高松: 私はもともと製品開発チームでスクラムに取り組み始めました。最初はPoC(概念実証)開発から始め、アジャイルの価値を体感できていたのですが、いざ商用化・製品化しようとすると、既存の品質ルールや営業面での価値観とのギャップにぶつかりました。自分たち1チームだけで解決するのは無理だと感じました。
お客様にきちんと価値が届くところまで持っていこうとすると、品質保証、営業、企画……いろんな部門と連携しないと進まないんです。組織としてアジャイルに取り組まなければ、本当の意味でお客様に価値を届けられない。そう確信し、組織アジャイルに踏み出しました。

「組織としてアジャイルに取り組む必要性」:高松さんの作成資料を基にScrum Inc. Japanにて作成
ー 25年度から部としてアジャイル推進チームを組成されました。活動を始める際、不安や期待はありましたか?
久保田: 私は「どれだけのメンバーがついてきてくれるか」が不安でした。歴史の長いシーケンサ開発において、慣れ親しんだやり方を変えることへの抵抗は当然あると思っていました。例えば、これまでのやり方を変えることで、長年積み上げてきた品質が損なわれるリスクもあるため、懸念も示されだろうと想像していました。 「みんながみんなついてきてくれるわけではないだろう」というのは当初ありましたね。
奥山: 従来の品質重視プロセスと、新しいアジャイルスタイルをどう融合させるかという不安はありました。ただ、全社的に数年前から、トップダウン・ボトムアップ両方から「組織風土を変えなければならない」という強い流れがあったので、アジャイルはそのための有効な手段になると確信していました。不安より期待の方が大きかったです。

ー 変革を推進するチーム組成の段階で、もともとは推進チームとリーダーチームが分かれていた状態を統合して「ワンチーム」にされましたね。
高松: はい。当初は管理職を「リーダーチーム」として分けていたのですが、それでは結局、現場が管理職に「レビュー(確認)をもらう」という従来の構図のままだと気づきました。この活動は「働き方を変えること」が目的なので、管理職にも価値を感じてほしい。そこで、管理職も含めたワンチームで活動することを提案しました。

高松: また、活動を自分ごととして楽しんでほしくて、ゲームの要素を取り入れました。幅広い世代に刺さるものとして、有名なロールプレイングゲームをモチーフにチーム名を「アジャイルクエスト(アジャクエ)」、課題を「モンスター」と呼ぶことにし、異なる経験や特徴を持つ仲間と一つのチームで組織課題と戦いたいと考えました。
ー 最初に「ワンチームでやりましょう」と聞いた時、マネージメントのお二人はどう受け止められましたか?
久保田: 正直、うまくいくか不安でした。これまで管理職としてジャッジする立場という線引きの方が心地いいというか、収まりが良かったんだと思います。この壁がなくなることでの不安が多分あったと思いますね。ただ、管理職はよく「支援します」と言いますが、それは第三者的な立ち位置なんですよね。自分も「アジャイル導入しようよ、支援するよ」って最初は言っていましたが、実際には自分も経験していなかった。だからこそ、チームに入って一緒に活動し、「当事者」として同じ目線に立つことは、非常に大きいと感じました。
奥山: 私も同じです。今までのやり方なら私は「レビュアー」でしかありませんでしたが、この活動では自分もチームと共に解決策を模索し、時には担当するバックログアイテムを持ち、スプリントを回します。実際に体験して初めて、このやり方の有効性を認識できました。組織に広める際も、自分でやった経験があるからこそ、発言に奥行きと説得力が生まれました。
高松: お二人が確実に参加する仕掛けとして、プロダクトオーナーを明確に置いたことも大きかったですね。なんとなくみんなが「こっちだろう」って思っていても、やっぱりPOの奥山さんが一言言うだけでチームの方向性がサッと揃うんですよね。 加えて、SIJさんから助言をもらいながら、合意形成のために意思決定者としてPOがイベントに必ず出席するというルール(POの奥山さんと、代理POの久保田さんの両方が不参加ならイベント自体を日程変更するルール)を作ったことも効果がありました。これによって責任を持って参加するし、他のメンバーもちゃんとコミットして参加するようになりました。

ー 上位層がチームの中に入ったことで、扱える課題そのものが変わったと伺いました。どのような変化でしょうか?
高松: 現場レイヤーだけでは扱えなかった課題──品質管理のプロセスや、進捗報告のあり方を変えるといった、部門をまたぐテーマにも踏み込めるようになりました。以前はただ指示が上から落ちるだけで、
新たなプロセスが増えるだけになったことがありました。小手先で上から言われたフォーマットに収めて終わりのような状態です。これが現場の視点を持ったメンバー、課長レイヤーの中間メンバー、組織トップの上位層と、それぞれの目線を持ったメンバーが同じチームの中にいるからこそ、本質的な課題を扱えるようになりました。
久保田: 課題解決にあたって「部門を跨いだ仕事のプロセスを変える」というと、多くの人は拒絶反応を示しますよね。でも、そんなに大きくプロセスを変える必要はないということに気づきました。実際に自身でアジャイルな活動を実践したことで、単なるプロセスの変更ではなく考え方を変える、という部分をつかんだのかもしれません。少し思考の仕方を変えるだけで、課題解決のためにできることはたくさんあると感じました。
ー 具体的に、他部門との連携で変わったことは何でしょうか。
久保田: 品質保証部門との関わりが変わりました。今でも、従来のウォーターフォール的な形のまま残っているところがあります。でも、そこを無理に変えるのではなく、コミュニケーションの取り方を変えることにしました。アジャクエチームで品質保証部門の人たちと対話をし、アジャイルな考え方を理解してもらって、仲間として巻き込んでいく。プロセスを変えるよりも先に、同じ目線で会話できる関係を作ることに重きを置いて活動しました。
ー プロセス自体は変えなくても、早期にコミュニケーションをとることで組織横断での顧客価値に向き合う活動に繋げられたのですね。
ー 組織の中で変化を起こすために工夫したことはありますか。
久保田: 「露出を増やすこと」です。500人規模の組織で、まずは目立つために揃いのTシャツを作り、さらにあえてフロアの真ん中のオープンな場所で、アジャクエで扱っている組織課題やその対応状況が全てボードに張り出し、スタンディング形式でイベントを実施しました。最初は周りから冷ややかな目で見られていたかもしれませんが、まずは「気になる」存在になることを目指しました 。
一方で、すごく気を使ったのが言葉。冷ややかに見ている人たちを考えた時に、特定の考え方を押し付けているように見えないよう気を付けました。だから「アジャイルスタイル」として周りには伝えることにしました。まずは気軽に触れてもらえる空気感を大事にしましたね。

高松: ちなみに、実はこの活動場所は元々問題が起きた時に部長に呼ばれる場所で、そこでマネジメントがTシャツ着て、ポストイット貼ってオープンに話している。あと大きいのが皆で拍手する。バックログをモンスターと呼び、モンスターを倒した時は皆で喜ぶ。これも重要で、チームの活動の音で周りに活動しているのが伝わる。めちゃくちゃ楽しそうなんですよ。周りからは普段と全く違うと感じられたと思います。
「アジャイルクエスト宣言」も重要でした。これにより心理的安全性が確保され、チーム内で何か意見を言う時の拠り所になりました。また、イベントの最初には必ず「チェックイン」を行い、仕事とは関係ない話をシェアします。管理職は重い課題を抱えて打ち合わせに来ることが多いので、

ー アジャイルを推進したい組織でも、個人の熱量に依存してしまい活動が続かない例が多くあります。熱量の高い高松さんに依存せず「チームとして仕組み化する」ことがうまくいった要因はありますか?
久保田: 以前は高松さんがSMとして我々のスクラムイベントのファシリテーションをしていました。彼が二ヶ月ほど育休に入る時期がありました。不在の間、メンバーが持ち回りで担当するようにしました。それによって全員が「自分で進めなければ」という当事者意識を持ち、組織力が一段上がった気がします。
高松: 戻ってきた時、自分が残した難しい課題(バックログ)が解決されていて、本当に驚きましたし、感動しました。「高松がいない間に進んでなかった」と言われるのが嫌すぎて一致団結してめっちゃ頑張っていたと聞きました(笑)。 組織アジャイルは一人では続けられません。「個人がチームを育て、チームが個人を育てる」という循環を作れたことが、活動を継続させられるかどうかの分岐点だったと思います。
ー 「組織アジャイル」で向き合う課題は、すぐに解決できるものばかりではないので、だからこそ、チームで継続的に向き合いながら、難しい課題を解決できる組織へ成長していくことが大切ですね。
奥山: 私はこの活動を「仲間と共に旅をする」感覚で捉えています。向かいたい理想の姿はわかっているけれど、答えが見えない。どうやったら一番早くそこにたどり着けるかは、みんなで試行錯誤しながら進めるしかない。日々の活動の中で、お客様への価値提供に一番早く近づける道を皆で探っていく。1週間のスプリントを経て少しずつ前進したことを振り返り、「スタートしてからだいぶ来たね、ゴールに近づいてきたね」と思える。まさに「共に旅をしてきた」ような感覚です。
ー 活動を通じて、組織の中ではどのような変化を感じていますか。合わせて今後に向けてやっていきたいことがあれば教えてください。
奥山: フェーズとしては、大きな変化と誇れるのはもう少し先かもしれないですね。ただ、部内で組織アジャイルに取り組んだ活動の状況を伝えたり、「酒場」として関係会社も交えてリアルな悩みをディスカッションするイベントを実施したりしたのですが、約100名が自主的に参加してくれました。対象者の約2割です。参加者アンケートでは、ポジティブな意見・フィードバックは思ったより多く、さらに「来なかった人にどう届けるかをもっと考えないと」っていうコメントもあった。かなりの数の人が同じ目線に立ってくれていると感じます。また、アジャイルは単なる開発プロセスではなく「価値に主眼を置いた仕事のスタイル・考え方」だという認識が広まりつつあります。
高松:実は最近ハードウェア開発の比率が高い隣の部門でも、新しいチーム立ち上げにこのスタイルが導入され始めています。これはマインドセットの重要性が伝わった、大きな波及効果です。
今後は、現場の課題解決だけでなく、実際の「ビジネス成果」にどう繋げられるかを意識して進めていきたいです。最近Scrum@Scale研修を受けて、これまではアジャイルクエストの推進チームとしては現場チームの課題を解決していくっていう改善に留まっていたことに気づきました。開発チーム自体の成果、お客さんへの価値提供を一緒に目標を立ててサポートして、小さくてもいいからビジネス成果につなげていきたいです。 それともう一つはさらなる普及活動。今年は特にその2つをやっていきたいなと思っています。
久保田: (4月から異動となったが)Scrum@Scaleは本当に自分が最終形としてやりたかった世界。自部門として事業の優先順位をどう考えていくか、予算配分をどうするか、直近3ヶ月くらい詰めていたので今後も継続していってもらいたいです。もっと言うと自部門だけではなく、営業活動や、お客様へのアフターサービスもある。そういうより深い顧客接点も含めた事業活動全体のアジャイル化は次のステップとして実現していきたいです。
ー 最後に、日本企業でアジャイル推進に悩んでいる現場リーダーや上長の皆さんに、メッセージをお願いします。
高松: 組織アジャイルは変革活動です。トップダウンだけでもボトムアップだけでもダメで、全階層が主体的に参加することが不可欠です。また、一人では続けられません。「個人がチームを育て、チームが個人を育てる」という循環を楽しみながら進めてほしいです。
久保田: 上位層の方々には、とにかく「まずやってみてほしい」と伝えたいです。体感しないと本質はわかりません。また、プロセスの全てを大きく変える必要はありません。少しずつ思考パターンや言動(ネガティブをポジティブに変えるなど)を変えるだけで、アジャイルは実践できると感じています。
奥山: 組織変革に「模範解答」はありません。自分たちの組織に何が通用するかは、やってみないとわからない。上位層が「レビュアー」として待っているのではなく、同じ立場に立って一緒に模索することが、アジャイル推進の一番の近道だと思います。

<本記事の取り組みを支えたScrum Inc. Japanの伴走支援>
三菱電機 名古屋製作所FAシステム部のアジャイル組織変革は、三菱電機 ものづくり技術本部 設計技術開発センター アジャイル開発推進プロジェクトグループと、Scrum Inc. Japanの伴走支援とともに進められました。
2024年度: 組織リーダー層に「アジャイル化への切迫感」を醸成する4日間のリーダー向けワークショップを実施。変革後の組織像・ビジョン・組織デザインを、上位層と共に描き切るところからスタートしました。
2025年度: 「組織アジャイル変革プログラム」として、変革推進チームの立上げから自走化まで継続伴走。変革バックログの構築、スプリント運営サポート(変革推進チームの運営ノウハウをトランスファーしながら段階的に比重を落として支援)、組織課題解消の伴走により、アジリティを高める組織運営をサポートしてきました。
組織内での上位層巻き込み・組織的なアジャイル変革にご関心のある方は、support@scruminc.jpよりお気軽にご相談ください。